熊澤英一郎ザオラル祭りとは?学校はどこ?高校や大学院は?ツイッター(Twitter)情報もご紹介

元農水省の事務次官というトップ官僚だった、熊澤英昭容疑者が殺人容疑で逮捕されました。

被害にあったのは、実の息子である熊澤英一郎さん(44)。

この方が生前大好きでよく遊んでいたという、ドラゴンクエストというオンラインゲーム内で、今現在「ザオラル祭り」というのが大変な話題になっています。

いったいこの「ザオラル祭り」とは何なのか。そして被害者の熊澤英一郎さんの経歴や、事件内容についてもご紹介していきます。

ドラクエの大ファンだった熊澤英一郎?ザオラル祭りとは?

亡くなった熊澤英一郎さんですが、生前、ドラゴンクエスト10というオンラインゲームが大好きだったそうです。

このゲームにハマりすぎて、父親に犯罪者予備軍と思われて殺害されてしまったわけですが、刺殺される直前までこのゲームで遊んでいた熊澤英一郎さん。

プレイ中に刺されて倒れ、そのまま息を引き取ったために、ゲーム内には彼が使っていたゲームキャラクターが、動かずにしばらく放置されていました。

プレイヤーを失ったゲームキャラクター

ゲーム内で、非常に有名人であった熊澤英一郎さん。「ステラ神」と呼び名が付くほどに、その存在は広く知られていました。

ステラ神というのは、熊澤英一郎さんがいつも使っていた「ステラ」という名前の女性キャラクターから由来しています。さらに、熊澤英一郎さんのゲーム内での強さが、とてつもなかったことから、「神」という一文字が付け足されました。

ザオラルをステラ神にかけ続けるプレイヤーたち

この動かなくなったキャラクターに、ひたすら「ザオラル」というゲーム内呪文をかけることが、大流行します。

このザオラルとは、ゲーム内のキャラクターがモンスターの攻撃などによって倒された時、他のメンバーがそのキャラクターを復活させる時に使う呪文です。

この復活呪文を、ステラ神にかけることで、プレイヤーの復活を願ったようですが、これはゲーム内でしか通用しないものですので、現実の熊澤英一郎さんが、蘇ることはありませんでした。

テレビでも話題となり取材が相次ぐ

亡くなったステラ神こと、熊澤英一郎さんですが、最後にステラ神が立っていた場所には、臨時の献花台が設けられました。

これはゲームの運営が用意したものではなく、プレイヤーたちが亡くなったステラ神を惜しんで献花したものになります。

また、フジテレビなどのテレビ局では、ドラクエ10のステラ神について取材を行おうと、ツイッター上で多くのプレイヤーに問い合わせしまくっていることが話題となりました。

学校はどこ?高校や大学院は?経歴やツイッターについても

1975年3月20日生まれの熊沢英一郎さん。住所は両親と同じで、東京都練馬区早宮4、仕事はしていませんでした。

自身が運営するHPのプロフィール上で、学歴や経歴について公開されていましたので、ご紹介します。

大学院修士課程を卒業した後、HAL東京を中退、そして代々木アニメーション学院アニメーター科と代々木アニメーション学院キャラクターデザイナー科卒業と、多くの学歴をお持ちのようです。

他にも経歴としては、元社会復帰指導員、パン職人(パン製造技能士二級取得済み)、元ビジネスコンサルタント事務所職員なども経験されています。

絵を描くことが得意なため、それで仕事を受けることもあったそうで、自身のTwitter上では1案件3万円ほどで引き受けていたと投稿がありました。

高校や大学院の情報はありませんでしたので、報道があり次第追記していきます。

大のゲームオタク

ゲームオタクが悪いという話ではありませんが、『ドラゴンクエスト10』というオンラインゲームにて、毎月30万円以上を親のお金で課金。その様子を、自身のTwitter上に自慢げに投稿を繰り返していました。

基本的には、毎日家に籠もってひたすらゲームをしていたようですが、ゲーム以外にもアニメ『ガンダム』が大好きだったようで、プラモデルにもハマっていたとのこと。

さらには趣味で、宗教研究などもしていたそうで、なかなか多趣味なオタクだったことが伺えます。

熊澤英昭が息子を殺害した理由は?

6月1日、元農水事務次官の官僚である熊沢英昭氏(76)は、練馬警察署により逮捕されました。

容疑は、同居していた44歳の息子の殺害を、自首した殺人容疑です。

殺害された熊沢容疑者の息子ですが、かなりの引きこもり傾向があり、さらには小学校の運動会の音がうるさいなどと親と口論。

父親である熊沢容疑者は、先日川崎市で起きた小学生連続殺傷事件の報道内容から、息子がこのような行動に出ることを危惧し、最悪の事態を回避するため息子の犯罪を防ぐ目的で、犯行に及んだとのことです。

以前から息子のことで悩んでいた熊沢容疑者

近所でも有名人であった熊沢容疑者。不動産関係者も熊沢一家が引越してくる際は、すごい人が来ると近所に触れ回ったそうです。

仕事や人付き合いも、至って真面目な熊沢容疑者。年1回の官僚同士の飲み会でも、非常にそういった性格が印象的で、家庭の話などは一切しなかったと熊沢容疑者を知る元同僚は話します。

しかし、実際の所はすでにストレスが爆発寸前でした。息子の家庭内暴力に、精神的に参っており、こっそりと身近な人間にはこのことについて、相談していました。

熊澤英昭の経歴

東京大学法学部卒業後、1967年に農林水産省に入省した熊澤容疑者。

畜産局長や経済局長を経験した後、入省から34年後の2001年に事務次官という事務方トップの座を務めます。

しかし、BSE(牛海綿状脳症)問題が起きたことから、その責任を取るため翌年の2002年には辞任してしまいました。

その後、チェコ大使などを務めたりしながら、国のために定年まで働き続けます。

凄まじい給料

事務次官レベルになると、いくらの給料がもらえるのでしょうか。

まずスタートの25歳係員では、月収約19万円ほどです。これが係長へと出世すると、約27万円に上がります。

けれども、課長クラスの役職に就くことができれば、補佐でも月収約44万円。課長は約75万円もの給料を、毎月もらうことが可能です。

熊澤容疑者の場合は、さらにその上を行く局長です。その時点で、月収100万円を超えていました。最後、期間は短かったですが、
事務次官になれば、毎月140万円以上もらうことができます。(手取りで1500万円)

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