熊澤英一郎の父・母・兄弟は?家庭環境はどうなっていた?学歴などについても

熊澤英昭容疑者によって殺害された、熊澤英一郎さんですが、事件発生から数日経ったことで、さらに様々なことが明らかとなってきました。

熊澤英一郎さんは両親と兄弟の家族4人暮らしであり、家庭内で多くの問題を抱えていたとのこと。他にも明らかとなった情報を、詳しくご紹介していきますので、ご覧ください。

熊澤英一郎の母や兄弟などの家庭環境はどうなっていた?

熊澤英一郎さんの家族ですが、父の熊澤英昭さん、母、そして姉または妹の4人家族で暮らしていました。

近所の人の話では、父親・母親の姿はよく見かけていたそうですが、子供の姿はほとんど見かけることはなかったとのことです。

たまに近所の人が母親と話をすると、今から娘の迎えに行くなどと言っていたことから、女の子供がいることが明らかとなります。

けれども事件当時、家には両親と息子の3人しかいなかったことから、すでに娘さんは結婚または一人暮らしのために、家を出ていたため、事件に巻き込まれることはありませんでした。

熊澤英一郎の母親の人物像

熊澤英一郎さんが、生前ツイッター上で発言していた内容から、母親と息子の関係が明らかとなっています。

かつて英一郎さんが学生の頃、趣味で持っていたガンダムのプラモデルがあったそうです。

それを母親が、成績が悪いからという理由で、壊してしまいます。

それ以降、英一郎さんの母親はこの方法で成績が改善したことから、成績が悪いと物を壊すという懲罰方式で、長く教育を続けていくことに。

引きこもりという形でグレる熊澤英一郎

一応、大学院まで進学し無事卒業を英一郎さんは果たしますが、この母親の教育方法を根に持ちます。

ツイッター上でも、「貴様(母)の葬式では遺影に灰を投げつけてやる」と激しいコメントを投稿し、自分の母親のことを常日頃から、愚母と呼んでいました。

暴力を振るったわけではないとはいえ、他人の大切な物を壊すというやり方で、無理強いをすればそれは後から、恨まれてしまうことは当然です。

ましてやそれが身内となれば、関係が切れることはありません。

本人が怠ければ怠けるほど、社会的評価や評判が落ちることで、母親が苦しむことを知っていますので、英一郎さんはこのような引きこもり行為を続けてしまったのではないのでしょうか。

熊澤英一郎さんの家庭での様子とは?

自身が非常に恵まれた環境であることを、ネット上で常日頃から公言していた英一郎さん。

亡くなる直前まで、「ドラクエ10」というオンラインゲームに、ハマって遊んでいましたが、他のプライヤーからは、嫉妬のためかなり恨まれ、迷惑行為を受けていました。

ドラクエ10のプレイヤーが運営するブログ上で、名指しでの批難を受けたり、ゲーム内でも様々な嫌がらせ行為を受けていたため、時にはストレスで食事を吐いてしまうことも。

父親が息子を保護

吐いてしまうほどに、体調を崩した息子を見て、父親はこれはやりすぎだと判断したことから、ブログ運営者や嫌がらせをしていた人たちにクレームを入れます。

父親の「警察沙汰にするぞ!」という一言で、嫌がらせをしていた人たちは逃げ出したそうですが、これ以降父親の経歴をことさらに自慢するような投稿が、ツイッター上で増えた英一郎さん。

この出来事の約1ヶ月後に、それまで一人暮らしをしていたアパートを引き払い、実家に戻りました。

この時、父76歳、息子44歳でした。

4月頃の英一郎さんの投稿

学校はどこ?熊澤英一郎高校や大学院は?

1975年3月20日生まれの熊沢英一郎さん。住所は両親と同じで、東京都練馬区早宮4、仕事はしていませんでした。

自身が運営するHPのプロフィール上で、学歴や経歴について公開されていましたので、ご紹介します。

大学院修士課程を卒業した後、HAL東京を中退、そして代々木アニメーション学院アニメーター科と代々木アニメーション学院キャラクターデザイナー科卒業と、多くの学歴をお持ちのようです。

他にも経歴としては、元社会復帰指導員、パン職人(パン製造技能士二級取得済み)、元ビジネスコンサルタント事務所職員なども経験されています。

絵を描くことが得意なため、それで仕事を受けることもあったそうで、自身のTwitter上では1案件3万円ほどで引き受けていたと投稿がありました。

大のゲームオタクだった熊沢英一郎

ゲームオタクが悪いという話ではありませんが、『ドラゴンクエスト10』というオンラインゲームにて、毎月30万円以上を親のお金で課金。その様子を、自身のTwitter上に自慢げに投稿を繰り返していました。

基本的には、毎日家に籠もってひたすらゲームをしていたようですが、ゲーム以外にもアニメ『ガンダム』が大好きだったようで、プラモデルにもハマっていたとのこと。

さらには趣味で、宗教研究などもしていたそうで、なかなか多趣味なオタクだったことが伺えます。

熊澤英昭が息子を殺害した理由は?

6月1日、元農水事務次官の官僚である熊沢英昭氏(76)は、練馬警察署により逮捕されました。

容疑は、同居していた44歳の息子の殺害を、自首した殺人容疑です。

殺害された熊沢容疑者の息子ですが、かなりの引きこもり傾向があり、さらには小学校の運動会の音がうるさいなどと親と口論。

父親である熊沢容疑者は、先日川崎市で起きた小学生連続殺傷事件の報道内容から、息子がこのような行動に出ることを危惧し、最悪の事態を回避するため息子の犯罪を防ぐ目的で、犯行に及んだとのことです。

以前から息子のことで悩んでいた熊沢容疑者

近所でも有名人であった熊沢容疑者。不動産関係者も熊沢一家が引越してくる際は、すごい人が来ると近所に触れ回ったそうです。

仕事や人付き合いも、至って真面目な熊沢容疑者。年1回の官僚同士の飲み会でも、非常にそういった性格が印象的で、家庭の話などは一切しなかったと熊沢容疑者を知る元同僚は話します。

しかし、実際の所はすでにストレスが爆発寸前でした。息子の家庭内暴力に、精神的に参っており、こっそりと身近な人間にはこのことについて、相談していました。

熊澤英昭の経歴

東京大学法学部卒業後、1967年に農林水産省に入省した熊澤容疑者。

畜産局長や経済局長を経験した後、入省から34年後の2001年に事務次官という事務方トップの座を務めます。

しかし、BSE(牛海綿状脳症)問題が起きたことから、その責任を取るため翌年の2002年には辞任してしまいました。

その後、チェコ大使などを務めたりしながら、国のために定年まで働き続けます。

凄まじい給料

事務次官レベルになると、いくらの給料がもらえるのでしょうか。

まずスタートの25歳係員では、月収約19万円ほどです。これが係長へと出世すると、約27万円に上がります。

けれども、課長クラスの役職に就くことができれば、補佐でも月収約44万円。課長は約75万円もの給料を、毎月もらうことが可能です。

熊澤容疑者の場合は、さらにその上を行く局長です。その時点で、月収100万円を超えていました。最後、期間は短かったですが、
事務次官になれば、毎月140万円以上もらうことができます。(手取りで1500万円)

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